
嚥下の機能は非常に複雑であり、障害を抱えている患者さんのリハビリについて悩むセラピストも多いのではないでしょうか。嚥下障害のリハビリを適切に行うためには、飲み込みの仕組みをおさえつつ、評価をもとにした治療プログラムの作成が重要です。
この記事では、嚥下障害のリハビリの重要性と具体的な内容についてご紹介します。患者さんが1人でも楽しく食事ができるように、嚥下障害のリハビリについて学んでいきましょう。
目次
嚥下障害とは?
嚥下障害とはどのような状態なのでしょうか。ここでは嚥下障害の概要について解説します。飲み込む機能の障害
嚥下とは食べ物や飲み物を口に取り込んで、胃に送り込むまでの動作です。なんらかの原因で、この飲み込みの動作が困難となる状態を嚥下障害といいます。嚥下障害になると、飲み込みの機能が低下しているので、食事が行いにくくなります。
また飲み込む際に、食べ物が気管に入りやすくなるのも特徴のひとつです。
嚥下障害は食事の際に不便となるだけでなく、窒息や誤嚥性肺炎などの命に関わる問題を引き起こす危険性もあります。
摂食・嚥下の5期モデル
食べ物を口から取り込んで、胃に送るまでの動作を「摂食・嚥下」といい、大きく5つのプロセスに分かれます。ここではそれぞれのプロセスについて解説します。①先行期
視覚や嗅覚などの感覚によって食べ物を判断し、口に入れるまでの時期が先行期です。いわゆる食べる前の段階であり、ここで食べ物の硬さや大きさを認識し、口に入れる量・サイズはどうするかを考えます。
先行期には嚥下機能よりも、食べ物を判断する認知機能が求められます。認知症や高次脳機能障害によって判断力が低下すると、大きいサイズを一度に食べたり、食べ物ではないものを飲み込んだりする危険性があるでしょう。
②口腔準備期
食べ物を口腔内に入れて、咀嚼して飲み込みやすいようにする段階が口腔準備期です。このとき食べ物をスムーズに飲み込めるように、舌や歯を使って食塊を作ります。
脳卒中で唇や舌の運動麻痺を起こすと咀嚼がうまく行えなかったり、食べ物が口から出てしまったりすることもあります。そのため食塊をうまく作れず、誤嚥を引き起こす原因にもなるでしょう。
③口腔送り込み期
舌を使って食塊を咽頭に送り込む時期が口腔送り込み期であり、タイミングとしては食べ物を飲み込む直前です。舌を口蓋に押しつけることで口腔内の圧を高め、食塊が咽頭に流れやすくします。④咽頭期
咽頭に送られた食塊を嚥下反射によって食道に送る時期が咽頭期です。嚥下反射の際に食塊が気管に入って誤嚥しないように、軟口蓋・喉頭蓋・声門を閉じます。嚥下機能が低下していると、食べ物を飲み込む際に軟口蓋・喉頭蓋・声門が閉じにくくなり、誤嚥しやすくなります。⑤食道期
食塊が食道に送り込まれて、胃に運ばれる時期が食道期です。食塊は重力と食道の蠕動運動で徐々に下方に運ばれます。このとき食道の入り口は筋肉によって閉じられるため、基本的に食べ物は逆流することはありません。加齢にともない食道の筋肉や蠕動運動の機能が低下すると、逆流を引き起こす危険性があります。嚥下障害の症状
嚥下障害の症状には、以下のようなものがあげられます。
● 食事中の誤嚥
● 食事による疲労
● 栄養の偏り・脱水
● 窒息 など
嚥下障害では嚥下反射の機能が低下し、誤嚥が起きやすくなります。誤嚥が続くと窒息や誤嚥性肺炎につながる危険性もあるため、飲み込みやすい食形態の工夫が重要です。嚥下障害になると食事に時間がかかるので、食べるだけでも疲れやすくなります。
また食べ物によって飲み込みやすさが異なる関係上、食生活が偏って栄養バランスが乱れる危険性もあるでしょう。
嚥下障害の原因とは?
嚥下障害はどのような原因で引き起こされるのでしょうか。ここでは代表的な3つの原因について解説します。器質的な問題
口腔や咽頭、食道など、構造上の問題が原因で嚥下障害が起こるパターンです。たとえば、がんの影響で口腔内、咽頭に腫瘍があると、嚥下の運動を阻害して嚥下障害を引き起こします。
また舌がんによって舌を一部切除していると、食塊の形成や咽頭への送り込みが困難となり、同様に嚥下障害が起きやすくなります。その他の原因は以下のとおりです。
● 咽頭炎
● 食道炎
● 入れ歯 など
このように、器質的な問題ではもともとの嚥下機能が原因ではなく、外部の影響によって障害されるのが特徴です。
機能的な問題
器質的な問題ではなく、飲み込みに必要な機能が低下して嚥下障害が起こるパターンです。たとえば、脳卒中で舌や顔面の筋肉が麻痺すると、飲み込みの運動が行いにくくなり、嚥下障害が生じます。その他の原因には以下のものがあげられます。
● パーキンソン病
● 多発性硬化症
● 筋ジストロフィー
● 認知症
● 加齢 など
このように疾患だけでなく、加齢による嚥下機能の低下も大きな原因です。嚥下反射に必要な筋肉や神経は加齢にともなって衰えるので、病気を抱えていない高齢者だとしても誤嚥の注意が必要です。
心理的な問題
器質・機能ともに正常でも、心理的な問題によって嚥下障害が起こるケースがあります。おもな原因には以下があげられます。
● ストレス
● うつ病
● 神経性食欲不振症 など
このような心理的な問題を抱えると、嚥下の際に違和感を覚えて飲み込みにくくなるのが特徴です。他の原因とは異なり、こちらの場合は心理面を中心にアプローチする必要があります。
嚥下障害の評価
嚥下障害は、どのような基準で判断されているのでしょうか。ここでは嚥下障害の人に行う評価内容について解説します。反復唾液嚥下テスト法
反復唾液嚥下テスト法では、口腔内の乾燥を防いだ後に、唾液を30秒間のうちに何回飲み込めるかを測る方法です。 30秒間に3回以上飲み込めない場合は、なんらかの原因による嚥下機能の異常を疑います。
この評価法は比較的簡易であり、ベッドサイドでも実施できるため、嚥下障害を判断するスクリーニングテストとして用いられています。
水飲みテスト
水飲みテストでは、3〜5ml程の少量の水を飲み込んでもらい、その様子を評価する方法です。おもに以下の様子をチェックします。
● 嚥下ができるか
● むせ込みがないか
● 呼吸に変化はないか など
水飲みテストもスクリーニングとして行われますが、不顕性誤嚥の判断はむずかしいため、別の正確な評価を実施する必要があります。
嚥下造影検査(VF)
X線を使用しながらバリウム(造影剤)を含んだものを飲み込ませ、その様子をチェックする方法です。X線によって口腔や咽頭、食道の動きがリアルに観察できるので、スクリーニングテストより嚥下機能の情報を得やすいのが特徴です。VFは嚥下機能をチェックするだけでなく、リハビリの方針や食形態の検討にも役立ちます。
内視鏡検査
鼻咽腔内視鏡を使用して嚥下機能を評価する方法です。 内視鏡検査には声門閉鎖機能や残留物の気道流入の有無を確認できる点、ベッドサイドで実施できる点など、VFにはない利点があります。
実施中の状況を録画しておけば、状態を再確認したり、家族へ共有したりするのも可能です。しかし内視鏡検査では嚥下反射の瞬間を確認できず、誤嚥の判断ができないため、VFと併用して評価を行います。
嚥下障害のリハビリの重要性
嚥下障害のリハビリにはどのような効果があるのでしょうか。ここではリハビリを行う重要性について解説します。嚥下障害の改善が期待できる
リハビリを実施することで、嚥下障害の改善が期待できます。嚥下障害診療ガイドラインによると、嚥下障害に対するリハビリのエビデンスレベルは高いわけではありません。
しかし、リハビリによる嚥下指導によって、誤嚥の頻度が減少したという報告もあります。そのため症状の程度によっては、嚥下障害の改善が見込める可能性は十分にあるでしょう。
出典:嚥下障害診療ガイドライン
人生の楽しみが増える
リハビリを行って嚥下障害が改善できたら、人生の楽しみが増えます。食事は人間の3大欲求の1つでもある「食欲」を満たすための行動です。つまり自由に食べ物を食べられることは、人生の喜び・生きがいにつながるでしょう。
実際に、嚥下障害で食事を自由に行えない点を悲しむ患者さんは多い傾向にあります。再び食事の楽しみを手に入れるためにも、嚥下障害のリハビリは重要です。
誤嚥予防につながる
嚥下障害のリハビリは誤嚥予防につながります。頻繁に誤嚥が続くと誤嚥性肺炎となり、体調が悪化する危険性があります。場合によっては命に関わる危険性もあるでしょう。これからも健康に過ごすためにも、嚥下のリハビリを実施して誤嚥を予防することが大切です。嚥下障害に行うリハビリ内容
実際に嚥下障害に対してどのようなリハビリを行うのでしょうか。ここでは具体的なリハビリ内容について解説します。口腔ケア
リハビリ前の段階として口腔ケアを行い、口のなかの環境を清潔に整えます。口腔内に食べ物が残っていると、舌苔や歯石などが増えて細菌の増加につながります。口腔ケアは誤嚥性肺炎の予防になるといわれているため、衛生状態の改善は重要といえるでしょう。
間接訓練
間接訓練とは、食べ物を使用しないリハビリです。間接訓練は誤嚥の危険性がある場合だけでなく、嚥下の前の準備運動として行うこともあります。間接訓練には以下のような種類があります。
● 嚥下体操
● 喉のアイスマッサージ
● メンデルソン手技
● ブローイング
● 発声練習
● 声門閉鎖訓練
● 頭部挙上訓練 など
このように間接訓練にはさまざまな内容があるため、目的にあわせたアプローチ方法の選択が求められるでしょう。
直接訓練
直接訓練とは、実際に食べ物を使用したリハビリです。間接訓練とは違って誤嚥の危険性があるため、適切な評価を行ったうえで実施可能かを決定します。また誤嚥防止のため、姿勢のポジショニングや食形態、嚥下方法の工夫も欠かせません。
脳卒中の症状によっては左右どちらかの口の運動が障害される可能性もあるので、飲み込みやすいように体幹や頚部の位置を調節します。嚥下障害でも食べやすいゼリーを使用するほか、トロミ材を使用した飲み物で訓練を行うこともあります。
嚥下障害のリハビリにおけるセラピストの役割
嚥下障害のリハビリに関係する各セラピストにはどのような役割があるのでしょうか。ここではそれぞれのセラピストが行うべきポイントについて解説します。言語聴覚士(ST)
嚥下障害のリハビリはSTを中心に実施することがほとんどです。口腔ケアはもちろん、間接訓練、直接訓練を行い、嚥下障害の改善を図ります。また患者さんが嚥下訓練を行いやすいように、姿勢のポジショニング調整も行います。
その他に、VFや内視鏡検査などの嚥下評価の際にもSTの参加は重要です。嚥下機能の評価によって患者さんに適した食事形態を提案し、看護師や家族に食事介助を指導することもあります。このように、STは嚥下機能を改善するための大きな役割を担っているといえるでしょう。
理学療法士(PT)
PTは立つ・座る・歩くといった、基本的な動作の獲得を目指す職種です。STとは異なり、嚥下障害に対して直接的にアプローチする機会はほとんどありません。しかし、間接的なアプローチによってSTのリハビリをサポートしています。
たとえば、体幹や下肢のリハビリによって座位姿勢の改善がみられたとします。
キレイな座位がとれることで、直接訓練・食事介助を行う際の姿勢崩れによる誤嚥のリスク低下につながるでしょう。またSTにポジショニングや移乗のコツを共有することで、嚥下訓練の効果を高めるのに貢献できます。
作業療法士(OT)
OTは基本的な動作の他にも、応用的な動作の獲得を目指す職種です。OTも嚥下障害に直接アプローチすることは少なく、間接的なサポートが中心です。PTと同様に姿勢改善やポジショニング調整を行い、STがリハビリを実施しやすいような環境につなげます。その他にも患者さん自身で食事をスムーズに行えるように、自助具の作成も行います。
このように、STは嚥下障害のリハビリを中心に実施しつつ、PT・OTは間接的にサポートする役割があるのです。
嚥下障害の症状を理解して適切なリハビリを実施しよう
摂食・嚥下は5つの時期に分かれており、それぞれ複雑なメカニズムで機能しています。また嚥下障害の原因は1つではなく、さまざまな要素が絡んでいることがわかります。嚥下障害のリハビリを行うためには、評価・検査によってどこが原因なのかをよく調べることが大切です。そして原因にあわせたリハビリだけでなく、各セラピストと連携しながらアプローチする必要があります。ぜひチーム医療を意識して、嚥下障害の改善を目指してみましょう。関連記事
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